2015年、服部智任氏が海老名総合病院(神奈川県海老名市)の院長に就任した。当時、神奈川県央部では医療需要が緩やかな増加局面にあったが、将来的には横ばいに転じることが見込まれていた。一方で医療人材の確保は県内でも特に難しく、地域医療を取り巻く環境は決して楽観できるものではなかった。現在、同院の名誉院長を務める服部氏は、院長職にあった10年間を「地域医療の未来をデザインすることへの挑戦だった」と振り返る。
[エム・シー・ヘルスケア株式会社 営業企画部 コトセラ事業ユニット 板橋祐己]
■人口減少時代を見据えた「未来デザイン経営」
2015年に海老名総合病院の院長に着任した服部氏は、近い未来の地域医療を取り巻く環境の変化を強く意識していた。神奈川県の県央二次医療圏(現在、人口約84.5万人)の医療需要は向こう10年にわたる増加傾向が予想されていたが、2025年以降は横ばいから減少へ転じると見込まれていた。
服部氏は「すでに患者数を追い求める経営モデルは限界に近づいている。量ではなく、医療の複雑性に対応することが重要になる」と考えたという。高齢化が進む中で患者は多疾患併存のケースが増え、医療と介護の連携が不可欠になる。こうした変化を踏まえ、服部氏は病院経営と医療マーケティングの視点から地域医療の未来に向けた変革に乗り出した。
現在、海老名総合病院は479床、常勤医師150人を擁する地域の中核病院であり、救急搬送応需件数は年間1万件を超える。民間病院として三次救急機能を担う同院にとって、「救急こそ医療の原点」という理念は現在も変わらない。その理念を土台に、人口減少時代を前提とした病院経営へ舵を切った。
■組織文化を変えるための「対話」と「共通言語」
こうした環境変化に対応するため、服部氏がまず着手したのは組織文化の見直しだった。制度や設備の整備だけでは病院の変革は進まない。最終的に鍵を握るのは「ヒト」であるという認識からである。
象徴的だったのが、医師や主要管理職との1on1ミーティングだった。海老名総合病院には常勤医師だけで約150人が在籍するが、服部氏はその多くと直接向き合い、対話を重ねていった。
「医師や幹部職員と相対で話すわけですから、容易なことではありません。ただ実際には、前向きに議論に参加してくれる人が多く、部門ごとにたくさんの発見もありました」と服部氏は言う。
この中で、同時にコミュニケーションのあり方も見直していった。もともとトップダウン型の意思決定を行うタイプだったというが、コーチングの手法を取り入れながら、傾聴を重視した対話のあり方も模索した。
また、院内で共有するトップメッセージも整理した。「診療報酬は提供した医療の量」「救急は医療の原点」「高度急性期病院に振り切る」など、シンプルで覚えやすい言葉で方針を示した。
コロナ禍では昼休みにオンラインの院長講話を行い、現場の職員一人ひとりに直接語りかけた。さらに電子カルテのトップページを情報共有の媒体として活用するなど、日常業務の中で共通認識を広げていった。こうした取り組みを通じて、海老名総合病院では組織として同じ方向を向くための「共通言語」が少しずつ育まれていったのである。
■定量分析とともにデジタルを使い倒す
組織文化の見直しと並行して、海老名総合病院ではデジタルを活用した病院運営の改革も進めてきた。服部氏が「デジタルは使い倒す」という方針とともに強調するのは、成果を必ず数字で測定するという考え方である。
服部氏は「患者さんファースト、地域からの信頼、医療の質と量の向上といった目標も、できるだけ数値に置き換えて可視化しなければ見誤ることになります」と説明する。
たとえば「患者さんファースト」はPX(Patient Experience )スコアとして測定し、「地域からの信頼」は新入院患者数という指標で評価した。また「医療の質と量の向上」は診療報酬点数や単価といった経営指標として管理する。
中でも重要なのがベッドコントロールのデジタル化である。電子カルテ情報から病床稼働や業務量をリアルタイムで可視化することで、従来ホワイトボードや口頭連絡に頼っていた病床管理をデータとして共有できるようになった。
退院支援業務でもデータ活用が進められた。DPC期間の可視化と情報共有により転院調整がスムーズになり、2022年度から2023年度の比較では医療ソーシャルワーカー(MSW)の介入件数は前年度比134.2%となり、退院支援日数も20.4日から17.6日に短縮している。
こうした精度の高い医療DXの積み重ねが、海老名総合病院の医療提供体制と財務基盤を支えてきた。
現在、服部氏は名誉院長として経営の前線から一歩退きつつ、在宅医療という臨床の現場にも関わりながらJMAグループを見守っている。中長期的な人口減少という大きな環境変化の中で、地域の中核病院がどのように役割を果たしていくのか。海老名総合病院の10年は、その方向性の一端を示している。
本稿は、エム・シー・ヘルスケアが昨年11月21日に品川グランドホールで開催した「第26回 病院の経営を考える会」において、好評を博した服部氏の講演「地域医療の未来をデザインする病院経営」をもとに再構成した。
(フェイズ・スリー 2026年6月号掲載)